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東京地方裁判所 昭和34年(ワ)3680号 判決 1960年7月13日

原告 小野邦清

被告 石井利治 外二名

主文

被告石井利治ならびに被告瀬上義一は、原告に対し各自金一六五、〇〇〇円およびこれに対する昭和三四年五月一一日から右完済に至るまでの、年六分の割合による金員の支払いをせよ。

被告野本孔完に対する請求はこれを棄却する。

訴訟費用は、原告と被告石井利治ならびに被告瀬上義一との間において、原告に生じた費用の三分の二を被告石井利治ならびに被告瀬上義一の連帯負担とし、その余の費用は各自の負担とし、原告と被告野本孔完との間においては全部原告の負担とする。

この判決中原告勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実

一、申立。

原告訴訟代理人は「被告等は各自原告に対し金一六五、〇〇〇円及びこれに対する昭和三四年五月一一月から右完済に至るまで、年六分の割合による金員の支払いをせよ。訴訟費用は被告等の連帯負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、被告訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。」との判決を求めた。

二、請求原因。

原告は塩干物の仲買を、被告等は塩干物の卸売をそれぞれ業とするものであるところ、原告は昭和三三年七月八日に、被告石井利治との間において、その原告に対し負担する金三〇四、一二〇円の塩干物買掛債務について、同年七月から毎月末日限り毎月金一五、〇〇〇円宛済崩し弁済することとし、(但し同年七月分は金一九、一二〇円)右弁済期に済崩し弁済金を遅滞なく支払うことを条件として残額の弁済を猶予する特約のもとに割賦弁済契約を結び、被告瀬上義一、同野本孔完はそれぞれ同日被告石井利治の右債務につき保証をした。

ところが、被告石井は右貸金につき、昭和三四年三月末まで九回分合計金一三九、一二〇円の弁済をしただけである。よつて原告は被告等に対し特約にもとずき残額全部の支払を求める。

仮りに右特約が認められないとしても、原告は昭和三四年五月六日被告石井利治に対し、書面をもつて四月分の金一五、〇〇〇円を同書面のついた日から三日以内に支払うべく、もし右期間内に支払のないときは本契約のうち割賦弁済に関する合意のみを解除する旨の催告並びに停止条件附契約解除の意思表示をなし右書面は翌七日被告石井利治に到達したが、被告石井は右期間内に右債務を履行していない。

よつて原告は残元金一六五、〇〇〇円及びこれに対する昭和三四年五月一一日から右完済まで、商事法定利率の年六分の割合による遅延損害金の支払を求めるため本訴におよんだ。

三、答弁。

(1)  被告石井利治の答弁。

原告の請求原因事実中、原告が塩干物の仲買を業とし、被告等は塩干物の卸売を業とすること、原告と被告石井との間において昭和三三年七月八日被告石井が原告に対して負担する金三〇四、一二〇円の塩干物買掛債務について同年七月から毎月末日限り金一五、〇〇〇円宛(但し同年七月分は金一九、一二〇円)済崩し弁済する契約を結んだこと、被告石井が右債務につき昭和三四年三月末まで九回分合計金一三九、一二〇円の弁済をしたこと、昭和三四年五月七日原告主張のような書面が到達したことは認める。

その余の事実は否認する。

(2)  被告瀬上及同野本の答弁。

原告の請求原因事実中、原告が塩干物の仲買を業とし、被告等は塩干物の卸売を業とすることは認める。昭和三三年七月八日被告石井の原告に対する債務につき保証をしたことは否認する。その余の事実は不知。

四、被告三名の主張。

原告主張の済崩し弁済の合意は、単に弁済方法を定め債務者である被告石井に期限の利益を与えたものにすぎない。これによつて同被告の有する期限の利益は特段の約定がない限り民法第五四〇条、第五四一条所定の契約解除の方法により喪失せしめることはできない。この理は同法第一三七条が期限の利益を喪失すべき場合を法定していることからも明白である。

五、証拠。

原告は甲第一号証、第二号証の一、二、第三号証、第四号証を提出し、証人片岡捷吉の証言、原告本人尋問の結果を援用した。被告等は、被告等本人尋問の結果をそれぞれ援用し、甲第二号証の一、二、第三号証、第四号証の成立を認め、被告石井は甲第一号証につき原本の存在及び被告石井名義の部分につきその成立を認め、その余の部分の成立は不知、被告等の肩書の成立は否認、被告瀬上並びに同野本は原本の存在は不知右原本が存在するとしても、被告瀬上並びに同野本名義の部分の成立は否認、被告石井名義の部分の成立は不知と述べた。

理由

先づ原告の被告石井利治に対する請求について判断する。

原告が塩干物の仲買を業とし、被告等は塩干物の卸売を業とすること、昭和三三年七月八日原告と被告石井との間で原告主張のような約定(但し特約を除く)の契約を結んだこと、被告石井は右約定に基き昭和三四年三月末まで九回分合計金一三九、一二〇円の弁済をしたことはいずれも当事者間に争がない。

而して右約定によれば、被告石井は合計金三〇四、一二〇円の債務につき昭和三三年七月は金一九、一二〇円、同年八月以降は毎月末金一五、〇〇〇円宛これを弁済するというのであり、そうだとすると、原告のその余の主張を判断するまでもなく、原告に対する被告石井の右債務はおそくとも昭和三五年二月二九日をもつてその履行期限が到来したものというべく、残金合計金一六五、〇〇〇円について被告等が支払をしたことを認めるに足る証拠はないから被告石井は原告に対して右債務残金一六五、〇〇〇円を支払う義務があることは明らかである。なお、原告は右一六五、〇〇〇円に対する昭和三四年五月一一日以降の遅延損害金の請求をなし、先づ被告が各弁済期に済崩し弁済金を遅滞なく支払うことを条件として、残額の弁済を猶予する旨の特約があつたと主張するけれども、原本の存在及び成立につき被告石井名義の部分の成立につき同被告との間に争のない甲第一号証の記載内容や、原被告本人尋問の結果からも原告主張のような右特約があつたことを認めることができず、他にこの事実を肯定するに足る証拠はない。よつて原告の特約の主張は理由がない。次に原告は、仮に右特約が認められないとしても、催告並びに停止条件付解除の意思表示により割賦弁済に関する合意を解除したと主張するのでこの点について判断する。一般に既に履行期が到来して債務者が履行遅滞に陥つている債権について、特に一定期間その弁済を猶予する意味において割賦弁済契約を締結した場合(所謂済崩し弁済契約)においては、該契約は特に債務者において一回(又は二回以上)以上割賦金の弁済を怠つた場合には債務者において期限の利益を失う旨の特約(所謂過怠約款)がない場合においても、反対の特約がない限り、各履行期に遅滞なく履行がなされなかつた場合には、債権者において、相当の期間を定めて催告をなし、右期間内に履行がなされないときは、債務者に対する一方的意思表示により債務者の期限の利益を喪失せしめうる趣意であると解するのが、前記の如き契約の性質並びに一般の取引観念に照し相当である。蓋し所謂済崩し弁済契約は、既にその前提となる債務が履行期にあり債務者において履行遅滞に陥つている場合に、本来債権者において直ちに債務者に対して請求をなし得るのであるが、債務者が新に定められる済崩弁済の履行期に割賦金の弁済を確実に行うことを期待し、且つ確実に履行されることを前提として、特に恩恵的意味において債務者に対し一定の条件の下に期限の利益を与え、これにより債務者をして、直ちに強制執行を受けその信用を失墜し、営業上再起不能に陥ることを避けることを得しめる趣旨において締結されるものと解するのが一般の取引観念上相当であり、従つて債務者において割賦金の弁済を怠るに至つた場合においては前記の期待が裏切られ、前提が崩れたものであるから、債権者においてその一方的意思表示により(予め履行の催告をなすことを要するか否かは別問題として)債務者に対し期限の利益を失わしめることを得るものと解するのが相当である。而して、この場合予め一定の期間を定めて履行の催告をなすことを要すると解すべきか否かの点については、特に過怠約款が附せられていないことに鑑ると、予め履行の催告をなすことなく、債権者において一方的に期限の利益を喪失せしめうるものとすることは、著しく債務者の利益を害することとなり、衡平を失するものというべきであるから、過怠約款のある場合と異り、債権者において予め一定の期間を定めて履行の催告をなすことを要するものと解するのが相当である。(過怠約款のある場合においては、一般に履行の催告を要しないものとされている。)被告等は、民法第一三七条を援用し、期限の利益の喪失が認められるのは特約なき限り同条各号に該当し、法律上当然に期限の利益が失われる場合に限るものとなすが如きであるが、所謂済崩し弁済契約の内容を前記の如く解するときは、特に過怠約款の定めがなくとも、右済崩し弁済契約の効力としても、債権者の一方的意思表示により期限の利益を失わしめうるものと解すべきである。

本件についてみると、原告主張の割賦弁済契約が前記の如き済崩し弁済契約であることは前段認定により明らかであり、被告石井の割賦金不払があり、原告がこれを理由として、書面によりその主張のような催告及び条件附解除の意思表示をしたこと、右書面が原告主張の日に同被告に到達したことは当事者間に争がないから、同被告は原告の主張するとおり昭和三四年五月一〇日の経過とともに期限の利益を喪失したものというべきである。

従つて、同被告は前記残債務金一六五、〇〇〇円に対する昭和三四年五月一一日以降完済までの商法所定の年六分の割合による遅延損害金を併せ支払わなければならない。

次に被告瀬上義一に対する請求について判断する。

原告が塩干物の仲買を業とし、被告等は塩干物の卸売を業とすることは当事者間に争がない。原告本人尋問の結果によれば塩干物買掛債務について月賦払契約を承認したのは、被告石井を番頭として使用したことがあり、同被告が独立して店舗を構えるときにも後記のようにあらゆる助力を惜しまず、かつ同人が原告と取引を開始するについても口添をしてやつた被告瀬上が、石井が再建できるまで支払を毎月金一五、〇〇〇円づつ割賦返済することに諒解してもらいたい、そのことについては、被告瀬上並びに被告野本も保証するから、被告石井と従来通り取引をつづけてくれるようにとの懇願により、瀬上の保証を担保として、その信用に依存してのことであつたということが認定でき、被告瀬上本人尋問の結果によれば石井の店舗は、被告瀬上が借家権を有し、且つ、被告瀬上は、石井が瀬上のノレン「三幸」という看板で商売をすることを許容していることが認められ、更に、被告瀬上が原告に対して、被告石井の債務について割賦返済をみとめてくれるよう、万一の場合には店を処分してでも支払わせると約束したことは明らかである。だとすれば、被告石井が支払わないときは、瀬上自身の借家権を処分してでも瀬上自身の責任において、原告に対する債務を弁済するということを約束したことが容易に推認できる。右認定に反する被告瀬上及び被告石井の各本人尋問の結果は、たやすく信用することができない。而して、被告石井が前示の買掛代金債務を負担していたこと、右債務につき原告と被告石井との間に原告主張の済崩し弁済契約が成立したことは原告及び被告石井の各本人尋問の結果によつて認められ、右各本人尋問の結果、証人片岡捷吉の証言によれば、甲第一号証の原本が存在し、かつ、その原本は被告石井が原告と被告瀬上との話合の結果に基き被告瀬上に依頼して連署してもらつた上これを原告に交付したものであることがうかがわれ、(これに反する被告石井、同瀬上の各本人尋問の結果は前掲諸般の状況に照し到底信を措き難い)従つて、右済崩し弁済の合意が成立した日が原告主張のとおりであり、かつ、同日その成立によつて被告瀬上の保証契約も効力を生じたものということができる。

しかして、前記債務につき、金一三九、四二〇円の支払がなされたのみであり、原告主張の日に、その主張のような催告及び条件附解除の意思表示が被告石井に到達したことは、成立に争のない甲第三号証及び第二号証の一、二、並びに原告及び被告石井の各本人尋問の結果によつて明かであり、右催告及び意思表示によつて被告石井が期限の利益を喪失したことは前段説示のとおりであるから、被告瀬上は前記債務の保証人として被告石井と同一範囲の元利金を支払う義務がある。

次に被告野本孔完に対する請求について判断する。

原告主張事実は、原告の全立証その他本件全証拠によるもこれを認めるにたりない。

以上判断したところに従い、被告石井同瀬上に対する請求はこれを認容し、被告野本に対する請求はこれを棄却し、訴訟費用の負担については、民事訴訟法第八九条、第九三条、仮執行の宣言につき同法第一九六条第一項をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 近藤完爾 池田正亮 斎藤次郎)

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